みなさま、Netflixの『アイアン・シェフ レジェンドへの道』ご覧になりましたでしょうか?昔フジテレビでやっていた『料理の鉄人』のリメイク(米国版)です。私は別のNetfilx番組にも出ていたガブリエラ・カマラさん(メキシコ料理のシェフ)が好きなので、見ていて楽しかったのですが、出てくるあらゆる料理が「フュージョン」でしたよね。いろんな国の料理が出てきましたが、オーセンティックなものはほとんどなくて、大なり小なり他の国の要素が加えられていました(茶碗蒸しすらアレンジ)。いや普段馴染みのない料理を米国の方においしく食べてもらうためにアレンジは必要不可欠なんだろうなと思いつつ見ていましたよ。
マレーシアでもフュージョン料理が花盛りです。和食フュージョンもあります。他国料理のフュージョンだと「おいしそう」と感じるのですが、和食フュージョンはなんだか嫌な予感しかしなくてどれだけ写真写りが良くても食べに行きたいとは思えない狭量な自分がいます。いや試してみるのも良いのではないかと思いつつ。なぜなら、たとえ自分の口に合わなかったとしても、むしろ口に合わない方が記憶に残ることがあるからです。
私は約30年前(ちょっと前まで「20年ほど前」と書いていたのですが、計算したらもう30年以上経っていました。恐ろしい……)、中国四川省成都市に留学していたのですが、中国に着いてすぐは「中国料理うめー」と喜んで食べていたものの、毎食それだとだんだん油がキツく感じられるようになり。結局自炊をメインにすることになりました。あ、ちなみに四川料理でも辛いものばかりではなかったです。なのでお尻も無事でした。激辛なものは激辛でしたけどね。
自炊も割と大変で、今だと想像できないと思いますが、おいしいパンを手に入れるには市で一番の高級ホテルの売店に買い出しにいかねばならず、パン粉も存在していなかったので(今だと海外でもpankoで通じるので本当に隔世の感)、そのおいしいパンをすりおろして自作していました。肉も手に入ることは入りましたが1回に買う分の量が多いなど面倒だったので、よく代わりに午餐肉を使っていました。
午餐肉とは、ランチョンミートの缶詰のことです。平たく言うとSPAMです。当時SPAMやTULIPは手に入らず(他の地域のことはわかりませんが成都では。30年前は米や小麦粉買うのに糧票が必要だった時代でした)、中国製のものを買っていました。ちなみにランチョン=昼食=午餐なので午餐肉はランチョンミートの中国語直訳です。
午餐肉ってそんなにおいしくないというか自分の口にはあまり合わなかったんですよ(あ、あくまで自分の感覚なのでおいしいと思っている方もしいたらごめんなさい)。SPAMはときどき食べたくなることがありますが、午餐肉は積極的に食べたくはならないです。学生寮の最寄りの雑貨店に置いてあって手に入りやすいので使ってただけの割り切った関係です。なので、留学終わって帰国してからは1度も食べていません。中華街の雑貨店で見かけても手に取ることは決してありませんでした。
というわけで午餐肉と縁遠くなって30年以上経ったわけですが、今年なんと意図せずにマレーシアで午餐肉と再会を果たしたのでした。いや決して手に取らない奴がどうやって?それはですね、プラント(植物)ベース食品チャレンジがきっかけです。
肉を重く感じるようになっているため(参照:豆の国の民)、大豆ミートなどプラントベース食品を見かけたらとりあえず試すことにしているのですが、そんな中、「植物午餐肉(これも直球訳ですね)」を発見、ゲット。実はゲットしたのは今年2月なので4カ月以上放置していたのですが(なぜならおいしそうに思えなかったから←こら)、他におかずにするものがなくなったタイミングで重い腰を上げて焼いてみたのです。そしたら。
すごかった。名に偽りなし。これは正真正銘の午餐肉です。
あの自分の口に合わなかった午餐肉を完全に再現しています。
まじすごい(正直食べきるのがちょいしんどかったのですが)。
それでも。30年前を思い出しました。雑貨店の棚。学生寮の入口。パン粉をすりおろしている手元。王老師の「開始!」の声。タンホイザーゲートのオーロラ。いやおいしかったならまだわかる。でも口に合わなかったものがきっかけでこんなにも記憶がよみがえってくるものなのでしょうか。記憶鮮明・成都編。しばらくは湧きあがってくる記憶に圧倒され身動きもできずにおりましたよ。
一般的には美食が善とされており、もちろん私もおいしいものが好きなのですが、口に合わなさの持つ力というか印象力を初めて感じた出来事でした。